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新標準日本語高級:第二課課文解說 習慣

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新標準日本語高級:第二課課文解說-習慣

新標準日本語高級:第二課課文解說 習慣

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1.課文特點 [書信]
本課課文是派駐海外分公司的職員給社內《分公司通訊》的投稿。“便り”是告知近況的通信,多指給家人或親友的私信,根據與收信人的關係,可以選擇使用敬體或簡體。而課文中的《分公司通訊》作爲分公司日常報告,半公文性質較強,因此使用了敬體。選擇什麼樣的文體和表達方式要根據傳達的內容而定,這一點很重要。 課文中“彼は若いけど、仕事ができて、わたしは何かと頼りにしています”使用了原本多在口語中使用的“けど”。因此、儘管是半公文性質,依然能感受到寫給親友的“私信”語氣。

此外,課文是《分公司通訊》,雖然寫的是過去發生的事,但由於是邊想邊寫的,因此有些本應用過去形式的地方也用了現在形式(中級第9課)。

——支社の皆さんもよくしてくれて、とても充実した毎日を過ごしています。

2.よくしてくれる
表示受到對方各種盛情款待或照顧。這時一般不單獨用“よくする”,而經常與“よくしてくれる”“よくしてもらう”等授受表達方式(初級第28課)共同使用。特別是多與“くれる”“もらう”等自身受益的表達方式共用。
△老人ホームに入ったら、みんないろいろとよくしてくれるので感謝している。
(進了敬老院,大家對我照顧得很好,我很感激。)
△先輩にはとてもよくしてもらったのに、急に會社を辭めることになって、本當に申し訳ないと思っています。
(儘管前輩您對我非常關照,可我還是突然辭職,實在是很對不起您。)

——彼は若いけど、仕事ができて、わたしは何かと頼りにしています。

3.何かと
“何かと”相當於漢語的“多方、想方設法”,修飾動詞、一類形容詞和二類形容詞。既用於“何かと助けてくれた(給了我多方幫助)”“何かと頼りになる(我一直仰仗於他)”等好事,也用於“何かと口実をつけて(想方設法找藉口)”那樣的壞事。
△車があると便利だが、そのために何かと費用がかかって困る。
(有車是方便,但爲了這個車很多地方都要花錢,讓人受不了。)
△購入者から寄せられる苦情が何かと多くて、困っています。
(來自顧客的各種批評多得讓人頭疼。)
△ビニール袋をかばんの中に入れておくと何かと便利です。
(包裏裝個塑料袋會很方便。)

4.頼りにする
“頼りにする”相當於漢語的“以……爲依靠”,多用“~を頼りにする”的形式。“が頼りになる”與其相對應,是“可以依靠”的意思。
△田中夫妻は、息子の収入を頼りにして暮らしている。
(田中夫婦依靠兒子的收入爲生。)
△最近、弟子たちが頼りになる。(最近,弟子們頂事了。)

——連れていってくれたのは、彼のなじみの浙江料理の店でした。

5.なじみ
“なじみ”是動詞“なじむ”的名詞形式(“ます形”去掉“ます”的形式),表示“熟知”的意思。用於多次前往或交流,已經熟識的場所和人。一般多就餐飲業而言。可以說“なじみの(常去的)”,但不說“なじみの銀行”“なじみの學校”等。常見的還有“幼なじみ(發小;青梅竹馬)”“顔なじみ(熟面孔)”等組合形式。
△彼とは幼なじみです。(我和他是青梅竹馬。)
△このホテルの支配人とは以前から顔なじみです。
(我和這個賓館負責人是老熟人。)

——わたしはせめて自分の分ぐらいは払うつもりでいたので、「いくら」と聞きました。

6.せめて
在自己希望的事情難以實現時,用以提出最底線的條件。多與“ぐらい”“だけでも”等表示限定條件的表達方式搭配使用。句尾多用表示要求或願望的“たい”“てほしい”以及表示必須的“べきだ”“が必要だ”或請求等表達方式。
△10萬円必要だが、無理ならせめて5萬円ぐらい貸してほしい。
(我需要10萬日元,要是不行,至少借給我5萬吧。)
△忙しいご事情はよく理解していますが、せめて一度だけでも出席してくださいませんか。
(我知道您很忙,但至少請您就出席一次總可以吧?)

——「割り勘にしよう」と提案したところ、張さんは、「誘ったのはわたしだから、支払うのもわたしだ」と言うのです。
——後日、同僚に「個人のプライバシーに関わるようなことをいちいちまじめに答えなければならないのか」と聞したところ、…

7.たところ
“~たところ”是承上啓下的接續表達方式,與“と”(初級第31課)、“たら”(初級第37課)具有同樣的意思,但略爲正式ー些。表示以某件事情的發生爲契機,或某件事情發生的同時又發生了另一件事情。由於敘述的爲過去的事情一般後面多用過去形式。課文中“支社便り”設定爲正在描述某事,所以即便是過去的話題,也用了現在形式。
△ブロックの積み方を直そうとしたところ、音を立てて崩れてしまった。
(正想改變積木的搭法,突然嘩啦一下就坍塌了。)
△現場は火の海だったが、たまたま近くのドアを開けたところ無事脫出することができた。
(現場已如火海,偶然打開了就近的門,沒想到因此而得以平安脫險。)
△朝、電車が遅れていたので駅員に聞いたところ、早朝に起きた人身事故の影響で電車に遅れが出ているということだった。
(早上,電車晩點了。我跟站務人員一打聽,他們說晩點是由於清晨發生的人身事故造成的。)
△課長に結婚式のスピーチを依頼したところ、二つ返事で引き受けてくれた。
(我求科長在我的結婚典禮上致辭,他立即接受了。)

——きっと張さんにしてみたら、面子をつぶされることになるのでしょう。

8.~にしてみたら
“~にしてみたら”是“按照該人的想法或站在其角度”的意思。後續成分方該人的感受或想法。多用來表示“如果按照該人的想法或站在該人角度看向題,會有很大不同”。“張さんにしてみたら”可以替換爲“張さんの立場から言えば(從小張的角度看)”。
△彼にしてみたら、短編小説を書くことは、そんなに難しいことではない。
(在他看來寫短篇小說並非什麼難事。)
△部長は、今朝の會議で突然解任を伝えられた。彼にしてみたら、「寢耳に水」だったに違いない。
(今天早晨的會議上部長突然被宣佈解除職務。對他而言,這無異於晴天霹靂。)

——でも、これは中國では當たり前で、張さんに限ったことではないようなのです。ということは、日本にいるつもりで、気軽に毎日誘ったら大変なことになってしまいます。

9.~に限ったことではない
“~に限ったことではない”表示“不限於……”的意思,由此引申爲“……之外還有”。有是可替換爲“だけではない”。但不說“~に限ることではない”。與“~に限ったことではない”相比,“~だけではない”語氣隨便一些。
△漫畫に夢中になるのは子供に限ったことではない。
(沉迷於漫畫的不只是孩子。)
△交通事故を起こすのは、若者に限ったことではなく、中年以上のドライバーも多い。
(交通肇事的不只限於年輕人,中年以上的司機也不少。)
△彼が無斷欠勤をしたのは、今日だけではない。
(他無故曠工今天可不是第一次了。)

10.ということは
用於以對方的話或某種信息爲基礎,經過自己思考引出推斷(中級第1課)。除可以用在前句最後以承接後句之外,還可以用在句子的開頭。
△捨てられたピストルがここで見つかったということは、犯人がここを通った可能性がある。
(在這裏發現了被丟棄的手槍,說明罪犯有可能從這裏經過。)
△彼は知らないと言っていた。ということは、知っているのは彼女だけだということになる。
(他說不知道。那就是說,知道的人只有她一個人。)

11.~つもりで
“つもり”接在動詞基本形及“ない形”之後,表示打算要做某事的意圖(初級第32課)。除此之外,接在“動詞た形”“~ている”以及表示狀態的動詞基本形之後,表示自己的想法。多用與本人的想法與周圍的人有所不同。
△(旅館的女老闆對顧客說)自分の家にいるつもりで、ゆっくりくつろいでください。
(請您一切隨意,就像在自己家裏一樣。)
△彼はきちんと責任を果たしたつもりかもしれないが、彼のやったことはだれも評価していない。
(他也許還自以爲盡職盡責了,但他做的事沒有一個人說好的。)

——先方がぼくのことをいろいろと聞いてきました。
——どこに住んでいるのかだの、自家用車は持っているのかだの、個人情報と思われることまで、次々に質問してきます。

12.~ていく/~てくる
“~ていく/~てくる”接在“帰る”“歩く”“走る”“泳ぐ”“飛ぶ”“乗る”等表示移動的動詞“て形”後面可以表示空間移動的方向(初級第39課)。
△李さんは急いで、帰っていきました。(小李急勿勿地回去了。)
△さっきの駅で、ずいぶんたくさん人が乗ってきましたね。
(剛纔那一站真上來不少人啊!)

其中,“~てくる”還用於“聞く”“話しかける”“電話をかける”等表示語言行爲的動詞後面,表示其語言所針對的是說話人本身,或與說話人關係較近的人。課文中就是這樣的用法。說話人或與說話人關係近的人用助詞“~に”來表示。
△これから、わたしに電話をかけてくるのはやめてください。
(以後你不要再給我打電話了。)
△町を歩いていたら、知らない男の人が突然わたしに話しかけてきた。
(我正走在路上,一位陌生男子突然跟我搭訕。)

13.~だの~だの
“~だの”以“名詞1+だの+名詞2+だの”“小句1(簡體形)+だの+小句2(簡體形)+だの”的形式舉出兩個同類的例子,不能單用。多見於表示否定的或消極意義的句子。
△彼は、へビだのトカゲだの、気持ちの悪い動物ばかり飼っている。
(什麼蛇啦、蜥蜴啦,他淨養些個讓人看了不舒服的動物。)
△アルバイトを僱ったら、仕事がきついだの、給料が安いだのと言って、辭められた。
(僱了一臨時工嘿,他不是說活兒太累了吧,就是說工錢太少,末了還是走人了。)
△子供を動物園に連れていったら、疲れただの、のどが渇いただの、文句ばかり言っていた。
(帯孩子去動物園玩吧,他還一會兒太累了吧,一會兒渴了的,一大堆的不滿意。)

舉例的表達方式
~やら~やら
“~やら”以“名詞1+やら+名詞2+やら”“小句1(簡體形式)+やら+小句2(簡體形式)+やら”的形式表示舉出兩個或兩個以上同類例子,或用於無法確定哪一種情形更合適。“~やら”不能單獨使用。
△機の上には鉛筆やらボールペンやらが散亂している。
(桌子上胡亂放着鉛筆啦、圓珠筆之類的。)
△結婚相手の家族に紹介されて、うれしいやら恥ずかしいやら、とても緊張した。
(當我被介紹給未婚夫的家人時,我又高興又害羞,非常緊張。)

~なり~なり
“~なり”以“名詞1+なり+名詞2+なり”“小句1(簡體形式)+なり+小句2(簡體形式)+なり”的形式,表示舉出同類事物的例子,並要求對方在所舉的例子中或其他同類事物中選擇一個或數個。“~なり”不能單用。
△ボールベンなり鉛筆なり、何か筆記用具を持ってきなさい。
(你得帯上圓珠筆或鉛筆一類的文具。)
△少しでも食べるなり飲むなりしないと、體が持たないよ。
(如果不吃點喝點什麼,身體會撐不住的。)

~とか
“~とか”以“名詞1+とか+名詞2+とか”“小句1(簡體形式)+とか+小句2(簡體形式)+とか”的形式,用於口語,表示舉出多個例子(初級第37課)。也可以單用一個“とか”。另外,還有“~とか~”“~とか~など”的用法。
△新婚旅行に行くなら、ハワイとかシンガポール(とか)がいいですね。
(新婚旅行的話,我覺得夏威夷啦、新加坡啦就不錯。)
△そんなに仕事ばかりしていないで、たまには旅行するとか映畫を見に行くとかしたほうがいい。
(不要總是工作、工作的,偶然也應該出去旅行一下或看場電影什麼的。)
△自分で調べなさい。例えば、辭書を引くとか。
(你自己査一下。比如翻翻字典啦什麼的。)
△張さんは、お壽司とかすき焼きなどは好きですか。
(小張你喜歡吃壽司、四季燒這類食品嗎?)

——特に初対面の相手に、プライバシーに関わるようなことは聞かない傾向にある。

14.“傾向にある”和“傾向がある”
“傾向”表示“事態向某一方向傾斜”的意思。有“傾向にある”和“傾向がある”兩種用法,前者有變化、發展的含義的“動態感”,而後者傾向於陳述狀態。不說“傾向である”。另外,還可以使用“~という傾向がある”的形式。
△最近は結婚式も葬式も地味になる傾向にある。
(近來不論婚禮還是葬禮都有從簡的趨勢。)
△自分に自信がない人ほどブランド品を身に付けたがるという傾向がある。
(越是對自己信心不足的人,就越是喜歡弄一身的名牌服飾。)

——このようなことは、そんなに失禮には當たらないのだと言われました。

15.~には當たらない
“當たる”是“相當”的意思。“~に當たらない”表示“與……不相當”。多用“一類動詞詞/二類動詞的基本形+には當たらない”“名詞+には當たらない”的形式。
△彼が會社を辭めたと聞いても、驚くには當たらない。
(就算聽到他辭職了我也不會吃驚。)
△彼の場合は、彼自身の過失もあるから、同情には當たらない。
(就他的情況而言,因爲他自身也有過失,所以並不值得同情。)
△A社は、今回のシステムトラブルを公表する事項に(は)當たらないとして、利用者に通知していなかった。
(A公司認爲此次系統故障不屬於應該公開的範圍,因此未通知使用者。)

——私生活を根掘り葉掘り聞かれるのは、あまり気持ちのいいものではないようです。

16.気持ちのいいものではない
“気持ちがいい”不僅像“風が涼しくて気持ちがいい(涼風吹來,感覺很舒服)”那樣用於身體的感覺(初級第9課),還可以用於對某事物的感情。這時,一般不使用“気持ちが悪い”那樣直接的說法,而是用較委婉的“(あまり)気持ちのいいものではない”。
△人の使ったコップを使うのは気持ちのいいものではない。
(用別人使用過的杯子覺得不舒服。)
△彼の冷たい態度はあまり気持ちのいいものではない。
(他那冷冰冰的態度沒法讓人覺得舒服。)

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教材優勢
1、課文內容生動,採用情境型會話,注重實用性。整套教材課文內容圍繞幾位主人公展開,連貫性強。
2、教材內容相對新編,更容易理解。適合自學日語的同學。

教材劣勢
教材中動詞均以ます形出現,而不是動詞原形,所以對我們瞭解動詞原形造成一定的彎路。